ああ、だから紙の日記書くべきなのだ

Twitterをやればやるほど孤独を強く感じる。距離を、孤立を。やらない方が、人と親密な距離で接することができる。
たぶん、己が相対化されるからだ。己が相対化されて確固たるものが揺らぎ始めるのがどうにも耐えられない。すべての発言が自分の位置を意識したものになる。すべての言葉が距離にコントロールされてしまう。


だのに一切を捨て去ることもできず、連絡手段として使わざるを得ないことから引き戻されてツールとの距離感を保つこともできない。いや、しなければならないし、これからはするのだ。