トモコ・ザ・ブッチャー

 だんっ。大きな破裂音。友子は左足を踏み出し強く踏み込んだ。その音は骨を伝わり反響し、倍音の増幅、減衰を経て内耳に到達、おーん。その音のみが彼女の意識へ到達し、混濁へと向かう。アスファルトが沈み込みかねないほどの力で文字通り地に足を得た左足には激しい痛みと痺れがシナプスを走り抜ける。だが今の彼女はアドレナリンによって痛みと痺れに対する意識は切り離されていた。興奮と恍惚、全ての動きはスロウに映る。白い視界の中、無意識に斜め上振り上げられる右手が僅かに視界の隅、映り込んだ。瞬間、友子の左の足は最大限にバネを伸ばし、右の拳は空を切り裂き、その先にあった男の顎を砕いて大きく振りぬかれた。エクスタシー。彼女の脳を大量のβエンドルフィンが支配する。その時間はまるで100年、200年、彼女の今までの人生の何十倍、それどころか永遠にすら感じられた。華奢な腕と小さな右手に不釣り合いな速度によるエネルギーを受け、男が宙を舞っている最中、友子の意識は永遠のホワイトノイズからゆっくりと通常の波形へと回復し、男が無惨にも背中から地面に落下する音と同時に正気を取り戻した。だんっ。